ブレーン企画:ロシア・東欧・CIS諸国旅行手配のエキスパート
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GOLDEN EAGLE LUXURY TRAINS創業者TIM LITTLERについて

英国一の鉄道オタクが実現させたゴールデンイーグル号

 

TIM LITTLER

TIM LITTLER, FOUNDER of GOLDEN EAGLE LUXURY TRAIN

 

 

TIM少年蒸気機関車に魅せられる>

8歳の少年TIMが最初に列車に興味を持ったのは、1958年友人たちとオルトリンシャン駅にロンドンからの蒸気機関車を見に行った時です。

1963年1月に12歳になっていたTIMはオルトリンシャン・グラマースクールの鉄道同好会の代表になり、2月にはクルーロコモーティブの機関車工場の見学ツアーを取り仕切りました。

 

<そもそも鉄道旅行の始まりとは>

鉄道旅行が始まったのは1841年、産業革命で鉄道が生み出されてから約40年を過ぎたころでした。ところが、それは今のような娯楽のためではなかったのです。発案したのは、トマスクック。元々イギリスの町から町、村から村を徒歩で旅して神の教えを説いていた聖職者トマスクックは、当時社会問題となっていたアルコール中毒問題を何とか解決したいと思っていました。彼の取った奇策は、540人のアル中の労働者をレスター駅で列車に乗せ、20km先のラフボロー駅までを往復する『禁酒の旅』でした。ラフブロー到着後は、お酒なしの音楽会を開いて旅を盛り上げる工夫までしています。参加者のどれぐらいの人達に『禁酒』の効果があったかどうか定かではありませんが、これが端緒となり『鉄道の旅の楽しさ』だけは、充分に英国の人々に浸透していきました。

 

TIM筋金入りの鉄ちゃんになる>

チェシアーの裕福なワイン業者の息子に生まれたTIMの運命は、初めて蒸気機関車に出会った8歳の時に決まってしまったのかもしれない。

1963年1月に12歳になっていたTIMはオルトリンシャン・グラマースクールの鉄道同好会の代表になり、2月にはクルーロコモーティブの機関車工場の見学ツアーを取り仕切りました。

 

15歳のTIM少年が最初に成功した鉄道旅行

第一弾 マンチェスターからエジンバラまで

1st successful train journey

 

FLYING SCOTTSMAN

FLYING SCOTSMAN

1966年15才の時、3本の鉄道旅行を企画。そのいずれもを成功させたのです。

1本目はマンチェスターからエジンバラまで。350人を集客して大成功を収め、2本目はマンチェスターからホリーヘッド、3本目はなんと、特別列車 『フライングスコッツマン』をチャーターし、ロンドンキングスクロス駅からニューカッスル駅まで走らせ、そのチケットを鉄道雑誌を通して販売するというア イデアを英国鉄道に提案しました。驚いた事に英国鉄道は彼の提案にのったのです。TIMの父親は英国鉄道に手紙を書き、息子の債務に自分は責任を取れない のでやめてほしいと訴えましたが、この斬新な計画は実行に移されたのです。結果的に多くの鉄道マニアがチケットを購入し旅行は成功裏に終わりました。

 

 

FLYING SCOTMAN

FLYING SCOTSMAN

 

 

<家業のワイン業でも成功>

学校卒業後彼は父親のワイン事業を引き継ぎ1975年に社長となりました。2003年に経営者を退くまでに、ワイン業界でも『伝説の人』になるほどの手腕を発揮しています。ワインマーケットの拡大を見通していたTIMは、ヨーロッパのヴィンテージワインの生産者と提携して、アメリカや極東に販路をひろげたのです。

1988年には『1本125,000ポンド(現在の日本円の貨幣価値で換算すると、約3,580万円)』の世界記録を樹立し、記録は2010年まで破られることがなかったのです。

ワイン事業を大きくしていく中でも、鉄道に対する夢を忘れなかったTIMは、1988年に十数名の友人を募ってフランスシャンパーニュ地方への鉄道旅行を実施する計画を立てました。

 

価格は問題にせず、『誰もが体験しなかった最高の旅』をコンセプトにしたTIMの構想は、参加者全員に満足させるまでに練り上げられました。一部オリエント急行を利用したこの旅行は大層喜ばれ、ある友人はTIMに『これを仕事にするつもりなのか』と尋ねたのです。

 

<いよいよ本格的な鉄道旅行を世界に向けて発信>

友人の予想通り、数ヵ月後TIMはGWトラベルを立ち上げ、トマスクックの目指した『酒断ちのための鉄道旅行』ではなく、『ワインを楽しむための鉄道旅行』を世に出したというわけです。TIMの企画した『シャンパーニュエクスプレス』はそれなりの結果を出しましたが、TIMにはどこか物足りなさが残ったのです。『シャンパンやワインを楽しむためにフランスに行く旅』は、誰にでもできるではないか。自分にしかできないことを提供したいと考えたTIMは斬新なアイデアを思いつきました。彼の頭に浮かんだ目的地は、誰もが簡単に行くことが出来ない場所、つまり当時のソ連でした。彼の別荘の壁一面のロシアの馬鹿でかい地図を前にして、『今だって車でシベリアを横断しようなんていう旅行者はめったにいない、年間20人位はいるかもしれないが、それは休暇というより冒険旅行だ。』

 

彼の鉄道旅行は1992年にコーカサス地方でスタートし、翌年独立したばかりのウクライナで実施されました。しかし当局の腐敗と贈収賄は目に余るものだったのです。

『二度とこんなとんでもない国に来るものか』とは、2度目のウクライナ鉄道旅行が終了したTIMが漏らした言葉です。

しかし、こんなことでくじけるTIMではありません。彼はさらに壮大な計画を胸に、直接モスクワに出向きました。チャーターした列車をモスクワからウラジオストクまで走らせたいと鉄道当局に提案してみたのです。なんと、驚いた事にTIMはロシア鉄道局に大歓迎され、TIMが提案したSL機関車による一部区間の運行まで鉄道局大臣に許可をもらうことができたのです。当時ロシアには9000ものSL機関車が保存されていましたが、それは、緊急時(戦争時)を想定した待機状態にあったものなので、この提案が受け入れられたということはTIMにとっても想定外のことだったのかもしれません。まさに、『瓢箪から駒』の旧ソ連鉄道局の協力でした。

 

SIBERIAN TRAIN

SIBERIAN TRAIN

 

最初の1996年の第一回目に続いて第二回目も1998年に催行されました。その後は毎年催行され、今日に及んでいます。2000年からは毎年複数回運行されたのですが、ロシア鉄道当局はGOLDEN EAGLEのために3輌のソ連共産党幹部用車輌を提供してくれたのです。ソ連ではかって、列車を走らせる時、常にこの3輌分少なく運行させ、いつでも追加編成出来る様にしていました。外見は全く通常の車輛と変わらないのですが、この政府要人専用の内装は真鍮や紫檀で覆が施され、台車は一般的な4輪ではなく6輪で支えられていました。車輌の余分な重量に耐えるためだったのですが、床は6インチの防弾鉛板で覆われ、窓ガラスは3インチもの厚さがあったのですからそれだけのそれ相応の強度が要求されたのでしょう。まさしくソ連時代の名残りの車輛です。

ロシア鉄道局としても、突拍子もないTIMの提案に応じるだけの器量を持った人物を抱えていたということになります。何しろロシアで最初の一般客向けの専用列車を運行するのが英国の会社だったのですから。

ロシア鉄道局は、12輌の寝台車、2輌の食堂車、特別厨房車輌などからなる合計21車輛の豪華車輌をTIMの会社に貸し出したのです。

シベリア鉄道を横断する最初の専用列車が『ゴールデンイーグル号』だということは、後の大統領となったプーチンの友人でもあるロシア鉄道局総裁ウラジミール・ヤクーニンによって公式発表されました。ヤクーニン総裁の協力は並々ならぬもので、側近にも『何か問題が発生したなら、GWのために全面協力をして、最高級のロシアを見せてやれ。』と命じたと伝えられています。

 

最初にシベリア鉄道観光専用列車を走らせてから10年経った頃、TIMは欧米の富裕層が求めているハイクオリティな旅を実現させることに心を砕きました。

その結果、2007年に1,280万ポンド(約23億円)をかけて新たに作った特別列車を就航させたのです。2017年4月27日にはモスクワで、HRH Prince Michael of KENT(英王室ケント公/エリザベス女王のいとこ)の臨席を得て初便出発セレモニーが盛大にとりおこなわれました。

ゴールデンイーグル号は、その後欧米の富裕層を中心に参加者が増え、1年以上先の出発日も『売り切れ』になることも稀ではありません。

 

<シベリア鉄道に続き、次々と新しい鉄道旅行商品を開拓>

2002年には、内モンゴルから中国への最初の専用列車、チャイナオリエントエクスプレスを、2004年にはカナダ横断SLエクスプレスの企画を成功させました。カナダ横断SLエクスプレスについては、カナディアンパシフィック鉄道にとっても初めての大陸横断専用列車であり、この路線での蒸気機関車による牽引は50年ぶりだったのです。

その後も、2006年にはボンベイからカルカッタまでの『ダージリンメイル』を、2008年には『ケープタウンからカイロ(CAPE TO CAIRO』という一部専用機でつないだ34日間のアフリカ縦断旅行を成功させました。

 

 

2012年に『ゴールデンイーグルラグジャリートレイン』と社名を変えたGWトラベルは、2014年にもまた世の耳目を引き付けるプログラムをデビューさせました。

ブダペストからイランのテヘランまで、西側の観光専用列車を走らせたのです。

経済制裁の対象とされてきたイランが英国人の提案を快諾するはずがないという、周囲の予想に反して、イラン鉄道局の最高決定機関は、2か月にも満たない期間での数度に亘る話し合いの結果、西側の観光目的の専用列車がイランの地を走ることに許可を出しました。

『大概の人は、すぐに何か出来ない理由を見つけ出して、それ以上やってみようとしない。やってみなけりゃ、何も起こりはしないのに。』とTIMはいうのです。

このイランへの専用列車も実は、昔TIMがGW社を立ち上げるときに賛同した仲間の英国人がハンガリー鉄道局から購入し豪華列車に改造した『ダニューブエクスプレス号』でした。全部で13両編成のダニューブエクスプレス号が、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、トルコを経由して、西側の観光専用列車として初めてイランに入ったのです。

『イラン政府は安全を保証し、大変優遇してくれた。』とTIMは回想します。

この時の様子は、日本のNHK定時ニュースを含むマスメディアでも大きく取り上げられました。

 

厳格なイスラム圏に入るということで、バー車輌にあるアルコール類がトルコとの国境に近いヴァンで降ろされたのも、乗客にとっては貴重な体験としてわくわくするものであったかもしれません。2回にわたる砂嵐も、気密性の高い豪華列車では、微細な砂粒が入ってきた程度で、それもイランらしい光景として乗客に楽しんでもらえたのでした。

 

G.E. HEAD OFFICE

HEAD OFFICE

 

 

2015年にも更に4本イランへの鉄道旅行を催行する予定。また、フルカ峠、ゴルナグラート鉄道、ユングフラウヨッホを巡る山岳鉄道をすべてチャーターした『2015年限定・1回限りのスイス特別列車の旅』では、鉄道ファンのみならずアルプスの雄大な自然を満喫したいという申込者で、正式発表後すぐにほぼ完売状態になってしまいました。いつも新しい体験を求めているリピーターにとって、次から次へと湧き出てくるTIMのアイデアは、驚きの連続です。

 

G.E.LOGO PICTURE

 

 

2016年のプログラムにもご期待ください!



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