ブレーン企画:ロシア・東欧・CIS諸国旅行手配のエキスパート
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シベリア/極東とバイカル湖体験

一昨年、ウラジミールの高台からシベリア鉄道を見下ろした時、「東に9,000km行くと太平洋岸のウラジオストクに着く」と聞き、いつかはシベリアに行ってみたいと思っていました。昨年春に急にバイカル湖を見たくなり、ロシア留学の経験がある友人に話したところ、一緒に行ってくれることになり、男二人で旅行することになりました。仕事の関係で長期の休暇が取れないためにツアーには参加せず、計画を立てることにしました。別の友人からは「ロシアに関してはブレーン企画が強い」とのアドバイスがあったため、旅行の計画案の作成や各種の手配をブレーン企画さんにお願いし、2012年の7月7日から12日の6日間、シベリア旅行に行って来ました。

 

1日目(2012年77日/土曜日)

成田15:40発の「S7 566便」に乗りました。

S7(旧・シベリア航空)はOne World Memberなので、JALのステータスを持っていればJALのラウンジを利用できます。

566便が30分早く出発するとのことで15:10前に搭乗しましたがなかなか出発せず、結局は1時間近く遅れて16:30に離陸しました。しかし、ウラジオストクは何故か定刻から5分遅れの20:20(日本時間18:20。ウラジオストクは日本より西にありますが、時差は+2時間です。)

機内ではこちらから申し出ない限り「入国カード」は配られませんので、我々も含めウラジオストク空港で書いていた人が多数いましたので、注意が必要です。

ウラジオストク空港からホテル(HOTEL PRIMORYE)までは予約していた専用車で移動しました。通常は30分程度とのことでしたが、週末と花火大会があったため渋滞に巻き込まれ、1時間以上かかりました。

チェックインが遅かったため、夕食はホテル内のレストランでピザ等の軽いもので済ませました。

なお、ホテル内にも「その筋」とわかる綺麗なお姉さん達がいて誘ってきますので、男性は要注意です。(ウラジオストク以外の街にはいなかったのですが。)

 

Primorye hotel

HOTEL PRIMORYE

 

2日目(2012年78日/日曜日)

ホテルで朝食を食べてから、9時頃にチェックアウト。ホテルに荷物を預け、市内観光へ。

最初ロシアのホテルは荷物を預かってくれないと聞いていましたが、「HOTEL PRIMORYE」では預かってくれました。他にはウラジオストク駅にも預り所があるそうです。

市内観光は、州政府庁舎前の広場から金角湾の海岸通りを歩き、「潜水艦C-56博物館」、「クラースヌィ・ヴィムペル軍艦」、「アンドレイ教会」等を見てから、「鷲の巣展望台」に登りました。展望台からはウラジオストクの市街や海軍基地等が見られます。展望台でたまたま隣で観光していた人とぶつかり、相手が謝ってきたので見たら、襟に「金日成バッチ」を付けていたのでびっくりしました。地理的に近いので、北朝鮮の人も来ているようです。

 

 

 

 

 

 

当日のウラジオストクの気温は朝が16℃で霧が出ていました。午後は28℃まで上がり霧は晴れたので、「鷲の巣展望台」に登るなら午後が良いと思います。

その後、西側の「アムール湾」まで歩きました。海岸で夏祭りのようなイベントをやっており、屋台の「シャシリク」(羊肉の串焼き)を食べましたが、結構美味でした。更に「水族館」と「ウラジオストク要塞博物館」を見学し、湾岸(通称「スポーツ湾」)を歩いて金角湾の客船ターミナルに戻りました。

 

 

夕食はパスイェーツカヤ通りのビアレストラン「グートフ」で、「カニサラダ」、「ボルシチ」、「ペリメニ」、鶏肉料理を食べましたが、美味しい上に量が多く、ビールを各々3杯ずつ飲んで2,400ルーブル(約7,200円)とお得でした。

 

 

 

 

その後、ウラジオストク駅に行き、21:20発のシベリア鉄道5号列車「オケアン号」に乗り、ハバロフスクに向かいました。車内は割と快適でした。

ウラジオストク駅には「ウラジオストクからニースまで」と言った観光案内が出ていました。10日くらいかかるようですが、極東から南ヨーロッパまで列車で行けます。

駅に改札口はありません。駅の高架橋からホームに直接入れます。列車の乗降口に係員がいて切符を確認します。また、ロシアの鉄道の時刻表は全てモスクワ時間で表示されますので、注意が必要です。ただ、時間は正確で、定刻に発車しました。

 

 

シベリア鉄道「オケアン号」

シベリア鉄道「オケアン号」

(*)ウラジオストクは「極東のサン・フランシスコ」と言われるように坂が多く、霧も出る落ち着いた街です。モスクワのように重苦しい雰囲気ではなく、サンクトペテルブルクのようなヨーロッパ風の街とも異なる雰囲気があります。建物の壁は淡い黄色や青色で彩られています。訪れた時はAPECサミットの前だったこともあり、色々なインフラ整備の最中でした。ロシア政府の方針もあり、今後ますます発展する街と思われます。当時は、建設機械は「Hyundai」製、エアコン等の電気製品は「LG」製が多く、日本製品が少ないのは残念に感じました。ただし、後にトヨタが工場を創りましたが、自動車は圧倒的に日本車でした。

 

 

食事はシーフードを食べようと思い、事前にガイドブックで店を調べておきました。ガイドブックでは「年中無休」となっていましたが、実際は日曜日が休日のレストランが多いので、注意して下さい。

 

3日目(2012年79日/月曜日)

朝8時20分、定刻通りハバロフスク駅に到着しました。すぐに「KHABAROVSK CITY HOTEL」に向かい、地図を見ながらアムールスキー並木通りを歩きましたが、途中で道に迷ってしまいました。

旅行バッグを持った日本人を見て、親切なロシア人が何人か声を掛けてくれました。最後はアパートの4階の窓からおばあさんが声を掛けてくれ、事情を話したら娘さんがホテルまで案内してくれました。

ロシア人には日本人とわかるようで大変親切ですが、一般市民は英語を喋れない人が多いので、ロシア語がわからないとコミュニケーションは取れません。また、ガイドブックの地図もわかりにくいものがありますので、注意して下さい。

10時にホテルにチェックインしました。Day Useで予約していましたが、「部屋の掃除が終わっていないので朝食を食べて待っていてくれ 」とのことで、ホテル内で朝食を食べました。10時半頃部屋に入り、休憩した後12時頃にホテルを出て市内観光に行きました。まずはアムール川に向かい、途中「郷土博物館」、「赤軍博物館」、「極東美術館」を通りましたが、何れも月曜日が休館日で、中には入れませんでした。次に河畔の「ムラヴィヨフ・アムールスキー公園」に行き、アムール川を見ました。大きな川で、向こう岸だと思った陸地は中洲でした。水遊びや日光浴をしている人達がいましたが、この川が冬は凍結しその上をトラックが通るとは、なかなか信じられません。更に、公園に隣接した「ウスペンスキー教会」や、「スパソ・プレオブラジェンスキー大聖堂」を見学しました。「ウスペンスキー教会」はモスクワにあるような「ねぎぼうず」型のドームはありません。

その後、ガイドブックで調べたレストランを数件探しましたが見つかりませんでした。ロシア料理のレストランが中華レストランに変わっていたりしました。開発のせいか、或いは中国資本が進出しているせいか、1~2年の間に店が変わったりしていますので、こちらも注意が必要です。

 

 

 

 

 

 

結局探した店が見つからなかったため、ハバロフスクのメインストリートである「ムラヴィヨフ・アムールスキー通り」を歩いた後、昼食はハバロフスクで一番人気があると言われるロシア料理店「ルースキー」で羊肉料理他を食べました。「ムラヴィヨフ・アムールスキー通り」は平日の午後のためか、人通りは多くありませんでした。「ルースキー」の料理は十分満足できるものでしたが、内装も楽しめたので、お勧めの店です。

 

 

 

 

食後に、「ウスリースキー並木通り」を通り、「ディナモ公園」に行きました。ハバロフスクは内陸部にある都市ですが、公園や並木通り等、緑の多い街との印象があります。

 

 

夕方6時にホテルに戻り、シャワーを浴びたり荷物を整理し、7時半にホテルをチェックアウトして送迎車でハバロフスク空港に向かいました。8時に空港に着き、搭乗手続きをして、22:10発イルクーツク行きの「AEROFLOT SU4652便」に乗るため、搭乗口で待っていました。しかし、時間になっても搭乗できずにいたら、突然案内のディスプレイに「出発時間が1:00に変更」との表示が出、全員搭乗口の待合室から外に出されてしまいました。一部の乗客が係員に「搭乗口で待たせろ」と交渉していましたが、結局外に出されてしまいました。しばらく空港の待合所の椅子に座って待っていましたが、今度は「出発が9:00になる」との表示が出、係員からは「イルクーツクの天候不良」との説明がありました。すぐにブレーン企画さんにメールで「飛行機が飛ばない」旨を連絡しました。(ブレーン企画さんからイルクーツクのホテルとガイドには連絡してもらいました。)既に空港の売店も閉まっていて食料も買えない状況だったので、諦めて椅子に座って仮眠しようとしたら、地上職員の女性が近寄ってきて、英語で「航空会社がホテルを準備するので行きますか」と言われたので、他の客と一緒に航空会社の車で「アリラン・ホテル」(朝鮮系のホテルと思われる)に行き、3時前に寝ました。

このような遅れはロシアの航空機ではよくある話だそうで、個人旅行の場合は旅行会社との連絡手段を確保しておくことが大切と痛感しました。

(*)ハバロフスクは緑が多く、割とヨーロッパを感じる街でした。日本企業も数多く進出していると聞きました。将来ロシアが極東開発を進めれば、ウラジオストクと共に発展していくと思われます。

成田からも定期便が直行しており、アクセスもし易くなってます。

4日目(710日/火曜日)

朝食はホテルでパン、紅茶、ヨーグルトで軽く済まし、航空会社手配の車に乗り、8時過ぎにハバロフスク空港に行きました。9時発のフライトが更に1時間遅れ、当初の予定より約12時間遅れの10時に離陸しました。11時20分にイルクーツク空港に着き、出口に行ったら予約していた送迎車が待っていてくれたので車でホテル「IRKUTSK HOTEL」に行き、12時40分にチェックインしました。

なお、イルクーツクとウラジオストク、ハバロフスクとの時差は-2時間です。つまり、イルクーツクと日本は同じ時間になります。

 

 

ホテルにはガイドのバレンタイン君が待っていて、今からでもバイカル湖に行けるとのことなので、午後1時に出発し、車で70km離れた湖畔の村「リストヴャンカ」に行きました。この村は、バイカル湖から流れ出るアンガラ側との境目にあります。湖と川の境界は「シャーマンの岩」と呼ばれる川面に出た岩だそうですが、岩が小さいのと天気が曇りだったせいで、見つけられませんでした。

バイカル湖は琵琶湖の約47倍の大きさで、水深は最大1,680mだそうです。湖岸から眺めましたが、対岸は良く見えませんでした。(仮に晴れていても見えなかったかも知れません。

 

 

 

 

なお、バイカル湖には330の川が流れ込んでいるが、バイカル湖から出る川はアンガラ川一本だそうです。バイカル湖は冬は凍り渡れるそうですが、アンガラ川は水の流れが速いので凍結しないそうです。

その後、近くの日本人墓地に行きました。抑留されこの地で亡くなった方々が埋葬されており、時々遺族の方達が墓参りに来られるそうです。極寒の異国の地で亡くなられた方達に合掌。更に「ニコリスカヤ教会」に行きました。この教会は木造です。

 

 

その後、「バイカル湖博物館」を見学しました。バイカル湖の成り立ちを示す図や、生息する生物等が展示されています。海が陸封されてできた湖だそうで、このあたりは結構地震が多いそうです。また、「バイカルアザラシ」が水槽で泳いでいました。元々北極海にいたアザラシがアンガラ川を遡上して淡水でも生きられるようになり、バイカル湖に住み着いたのではないかと言われています。

夕方4時頃から、レストラン「プローシルィ・ヴェーク」で遅い昼食を食べました。メインはバイカル湖で漁れる「オームリ」と言う魚です。「ボルシチ」も出ましたがちゃんと壺に入っていて、これが正統だと思います。味は大変美味でした。

 

 

 

 

食後はリフトに乗り、海抜725mの展望台に登って湖を眺めました。

展望台から眺めたバイカル湖

展望台から眺めたバイカル湖

(天気が悪くて残念)

車で夕方7時頃にホテルに戻り、寝不足と疲れのために部屋の中で日本から持ってきた日本酒を飲み、早めに寝ました。

ところで、ウラジオストクのスーパーで「さきイカ」や「塩鱈」等の日本でお馴染みの「おつまみ」を売っていたので買いましたが、ウォッカに合うように作られているせいか塩っ辛く、日本酒には合わないようです。

5日目(711日/水曜日)

遅めに起き、ホテルで朝食を食べた後、10時にホテルを出て市内観光に出かけました。アンガラ川沿いの「ガガーリン並木通り」を歩き、「スパスカヤ教会」、「バガヤヴレーニエ寺院」、「ポリスキー教会」を見学しました。この3つの教会は隣接しており、何れも無料で教会内に入れ「イコン」等を見ることができますが、撮影は禁止です。イルクーツクの教会も、モスクワ等で見られる「ねぎぼうず」型のドームはあまり見かけません。

教会近くの「キーロフ広場」に出、「レーニン通り」を通ってイルクーツクのメインストリート「カール・マルクス通り」を歩きました。平日の昼前ですが、人通りは多くありません。

 

 

 

 

 

 

昼食は日本料理の店「京都」で食べました。平日はランチ定食があり、比較的安く食べられます。板前さんはロシア人ですが日本料理店で修行をしたそうで、味は間違いありません。「カール・マルクス通り」には何軒かの和食店や寿司屋がありますが、料理は「似て非なる」感じです。興味のある方はどうぞ。

 

 

食後も歩いて「クレストヴォズトヴィジェンスカヤ教会」に行きましたが、入口でロシアに来て初めて「物乞い」数人に会いました。ただ、無視するとすぐに立ち去り、しつこくはありませんでした。その後アンガラ川の船着場に出、3時頃にホテルに戻りました。

 

 

ホテルの土産店に入ったら、日本人のツアー客に会いました。皆さん70歳以上の高齢の方々でしたが、ウラジオストクからシベリア鉄道で4日間掛けて来たそうで、その元気さに驚きました。

夕方6時まで部屋で昼寝をし、夕食はホテルの隣のイタリアン・レストラン「モネ」でパスタを食べました。メニューの値段を見て注文したのですが、量がとんでもなく多く、食べきれないほどでした。

日本に比べ物価が安いので、料理の注文の際には、量を確認したら良いと思います。

夜11時半にホテルをチェックアウトし、送迎車でイルクーツク空港に行き、夜中1:25発ハバロフスク行きのAEROFLOT SU4653便に乗りました。今回は、ほぼ定刻に離陸しました。ハバロフスクで乗換える成田行きの便も同じAEROFLOTなので、旅行バッグを成田まで預けられるか確認してもらいましたが、ハバロフスクでの乗継時間が長過ぎるためにダメとのことでした。

(*)イルクーツクは、今回訪ねたウラジオストクやハバロフスクに比べ、内陸のためか埃っぽく感じ、ました。また、建物等はヨーロッパ風ですが、アジア的な感じもする街でした。と言うのも、モンゴルのウランバートルからも近く、鉄道はモンゴル経由で中国まで繋がっています。また、バイカル湖の東には、ロシアで唯一仏教徒の国であるブリアート共和国があり、モンゴル系の人が多く住んでいます。従って、街にはアジア系の人を多く見かけました。更に、ホテルでは韓国からの修学旅行と思われる団体にも会いました。(我々が泊まったイルクーツクで一番大きなホテル「IRKUTSK HOTEL」も韓国企業に買収されたと聞きました。)夜のイルクーツク空港では、ペトロパブロフスク・カムチャツキーに行く迷彩服を着た傭兵のようなブリアート人が大勢いて、異様な雰囲気でした。

 

6日目(712日/木曜日)

朝6時45分、定刻にハバロフスク空港に着きました。成田行きの便は16:00発なので、それまで休もうと思い、DomesticのInformationで「空港内に休憩施設はないか?」と尋ねたところ、女性の担当者から「市内のホテルで聞け」と言われました。仕方がないのでInternationalに行きましたが、この日の国際便は成田行きの1便しかないため、まだ開いていませんでした。もう一度Domesticに戻ったところ、Informationの女性が代わっていたので再度同じことを訪ねたら、Domesticの待合室の奥に乗継者用のホテルがあるとのことで、乗継の証明書を書いてくれました。その証明書を提示すれば手荷物検査所を抜けられ、ホテルに入れますホテルはバス・トイレ付きでamenity用品も揃っており、それで二人で1,700ルーブル(約5,100円)と格安です。穴場ですので、空港のホテルの利用をお勧めします。(ロシア語が話せればBestですが)

9時から午後1時半頃までホテルで仮眠し、それからInternational Airportに行き、16:00発のAEROFLOT SU4678便に乗り、日本時間の16時40分に帰国しました。

 

[旅行の感想]

日本人にはロシアについてあまり良い印象を持っていないと思いますが、実際に行ってみると、一般のロシア人は親切で日本に悪い感情を持っている人は少ないようです。私自身今回は2回目のロシア旅行でしたが(1回目はモスクワ、サンクトペテルブルク)、治安は良く、身の危険を感じることはありませんでした。

ただ、ロシアも民族紛争や独立問題等を抱えているので、空港での手荷物チェックが厳しく、時間がかかったりします。また、今回も経験したように、飛行機が遅れたりすることも結構あるそうなので、時間に余裕を持った旅行計画を立てる必要があります。

今回の旅行で、食事はどれも満足のいくものでした。ロシアでは高めの店を利用したとは思いますが(物価の関係で「高い」と言う印象はありませんが)、事前にガイドブックで調べたり、旅行会社に相談するのが良いと思います。

今後日露関係が改善され、シベリア開発が進めば、観光地としての魅力も高まると思いますので、大陸の雄大さを味わってみたら如何でしょうか。

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